2023-11-08

最高裁、トランスジェンダーの性別変更に「生殖機能なくす手術」は違憲と判断。今後の論点や法改正は?

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松岡宗嗣

トランスジェンダーの当事者が法律上の性別を変更するために、「生殖機能をなくす手術を受けなければならない」という要件について、10月25日、最高裁は「違憲」の判断を下した。

現状、法律上の性別を変更するためには、「性同一性障害特例法」に基づき、【前提】2人以上の医師に「性同一性障害」の診断を受けた上で、①18歳以上であること(年齢要件)、②結婚していないこと(非婚要件)、③未成年の子どもがいないこと(子なし要件)、④生殖機能をなくすこと(生殖不能要件)、⑤性器が移行した性別に似ていること(外観要件)という5つの要件を満たすことが求められている。

④と⑤は卵巣や精巣の摘出、陰茎切除などが求められることから、合わせて「手術要件」と呼ばれることもある。今回、最高裁は④生殖不能要件のみを「違憲」と判断し、⑤外観要件については判断せず高裁に差し戻した。

最高裁は、生殖不能要件が手術を受けるか法的な性別変更を断念するかという「過酷な二者択一」を強いており、「意に反して身体への侵襲を受けない自由」を侵害していることから、憲法13条に違反すると判断した。最高裁の裁判官全員一致の決定だった。

実は最高裁決定を前に、同月12日に静岡家庭裁判所浜松支部も同様の判断を下している。トランスジェンダー男性の鈴木げんさんの申し立てに対し、「意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約するもので、人権制約の態様や程度は重大だ」として憲法13条に違反と判断した。

生殖能力をなくすことを法的な性別変更の「引換条件」にすることは、手術を望まない人に対し、実質的に国が「子どもを産めないようにするための手術」を強制している。日本では1948年から1996年の48年の間、「旧優生保護法」のもと、特定の疾患や障害などがある約2万5000人に対し、「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想に基づき、強制不妊の手術が行われていた。これと同様に、性別変更における生殖不能要件は「人権侵害」という言葉でしか説明できない。

WHOなど複数の国際機関は2014年に、生殖能力を喪失させる手術の強制を人権侵害だとして、廃絶を求める共同声明を出している。TGEUやILGAなどの調査によると、日本を含め約20カ国で生殖不能要件が課されているが、この要件がない国は増えており40カ国以上にのぼっている。

性同一性障害特例法の改正が必要

法律上の性別変更の5要件のうち、最高裁は④生殖不能要件を違憲と判断した。これにより、トランスジェンダー男性(生まれた時に性別を女性と割り当てられ、性自認が男性)は卵巣の摘出をしなくても性別が変更できるようになるだろう。

一方で、⑤外観要件については判断されていないため、トランスジェンダー女性(生まれた時に性別を男性と割り当てられ、性自認が女性)は、引き続き性器が移行した性別に似ている状態が求められるため、手術が必要ということになる。

しかし、最高裁裁判官のうち3名は、補足意見で「外観要件」についても、生殖不能要件と同じく「身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約」であり憲法13条に違反すると述べている。「生殖機能をなくす」ことが違憲なのであれば、トランス女性にとって性器の外観を変えるため、結果的に外性器を切除する手術を受けなければならなくなり、論理的にも整合性がつかないと指摘できるだろう。

今後、改めて高裁で「外観要件」についての憲法判断が下される予定だが、トランスジェンダーをめぐる権利に詳しい立石結夏弁護士は、外観要件についても「違憲無効判決が出る見込みである」と述べている。ただ、たとえ高裁が違憲だと判断しても、最高裁の判断ではないため、同じようなケースに同様に適用されるかは定かではない。しかし、ケースによって認められる場合やそうでない場合などが分かれ法的に不安定になる可能性があり、さらには実質的に要件が死文化するなど、法治国家としてのあるべき姿から離れてしまうことが懸念される。

いずれにしても、最高裁の違憲判断を受けて、現状の要件を定めている「性同一性障害特例法」の早急な改正が求められる。その際、生殖不能要件のみをなくすのか、外観要件やその他の要件についてどうするかは議論になるだろう。例えば、日本にしかないと言われている「子なし要件」について、国際人権法が専門の青山学院大学・谷口洋幸教授は「当事者に対する人権侵害性が高いことはもちろんですが、極めて深刻な子どもの権利の侵害でもある」と指摘している

法律上の性別と男女別施設の利用基準は連動しない

今回の最高裁の違憲判断を受けて、SNS上では「手術せずに男性が女湯に入れるようになってしまう」といった言説が広がっているが、これは誤りだ。「外観要件」については判断されていないため、トランス女性は手術が求められることになるという点に加え、最高裁の決定でも、公衆浴場の利用はこれまでと同様に「身体的な外観」に基づくと示している。

もともと「外観要件」は、性器が露出する公衆浴場などでの混乱を防ぐために作られたと言われている。もし外観要件をなくすとなると、今以上に「公衆浴場やトイレ」の議論を用いたトランスジェンダーへのバッシングが激化していくことが予想される。

前提として、多くの当事者はトイレや公衆浴場などの男女別施設の利用について、自分自身が周囲からどのような性別で認識されているかを慎重に捉え利用可否を判断している。人口の約0.7%ほどの人々で、社会から差別や偏見を受けているなかでわざわざトラブルを起こそうとすることは想定しづらいことを最高裁も指摘している。

諸外国では、手術の要件がないだけでなく、医師による診断もホルモン療法や性別適合手術を受けることもなく法律上の性別を変更できる国もあるが、それらの国で「男女別施設における性犯罪が増加した」という報告はない。トランスジェンダーという属性を犯罪と結びつけたり、見分けがつかないという理由で一律に排除することは問題だ。

その上で、「法律上の性別と男女別施設の利用基準は必ずしも連動しない」という点を押さえておきたい。

最高裁は、たとえ生殖不能要件や外観要件がなくなったとしても、利用者が裸になる公衆浴場については「身体的な特徴」に基づいて区別されると示している。トイレについては、性器の露出がなく、個別状況に応じた適切な対応が求められるとしている。

経産省のトランス女性の職員が、一部フロアの女性用トイレの利用を制限されたことについて、すでに最高裁は「自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法益」とし、経産省の対応を違法だと判断している。職場におけるトイレ利用は「抽象的な懸念」ではなく「客観的かつ具体的な事情」に基づいて調整するべきだとした一方で、今回の判断が不特定多数の利用する公共トイレなどに適用されるわけではないとも述べている。

公共トイレの利用は、最高裁判決の補足意見でも示唆されている通り、職場のトイレとは異なる基準となることも考えられる。性別移行の状況によっては利用できないこともあり得るが、仮に今よりも外見を重視した基準とする場合は、シスジェンダーの女性が「男性に見える」として利用を拒否されることがあり得ることも、議論にあたっては留意が必要だ。

このように、本人の法律上の性別にかかわらず、性自認のあり方の尊重を原則としつつも、当事者の個別状況に基づき利用可否が分かれる。これは、利用者が裸になる公衆浴場なのか、それとも特定の人々が利用する職場のトイレや更衣室なのか、または不特定多数が利用する公共施設やショッピングモールのトイレなのかといった施設環境によっても基準や対応は変わる。

もちろんいずれの施設でも、男性が「心は女性だ」とさえ言えば利用できるわけではなく、トランスジェンダーだと言えば性犯罪が許されるはずがない。今回の最高裁決定においても「自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない」ことや、「不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべき」だと指摘されている。

そもそも男女別施設の利用基準における「不安」の声が上がるのは、性暴力への対応が不十分だからであり、トイレ構造の問題や防犯対策など安全性を高めること自体は必要不可欠だ。

ただ、当事者の実態に添わず、トランスジェンダーの人権を保障することがシスジェンダー女性の安全を脅かすかのような対立構造化された議論や、当事者の個別状況や施設環境の違いを無視して十把一絡げにし、トランスジェンダーを一律に排除しようとする言説には注意が必要だ。

トランスジェンダーの人権を守りながら、シスジェンダーの女性も含めた安全を守ることは矛盾しない。トランスジェンダーの人々にとっての、法律上の性別変更における人権侵害をなくすこと、当事者の個別状況に応じて男女別施設の利用を調整すること、シスジェンダーの女性も含めた男女別施設における安全を担保することをトレードオフと捉えることなく、並行して進める必要があるだろう。

GQ Japan『最高裁、トランスジェンダーの性別変更に「生殖機能なくす手術」は違憲と判断。今後の論点や法改正は?──連載:松岡宗嗣の時事コラム』より転載

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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