2021-03-10

「男・女・LGBT?」多様な人々が答えやすい“性別欄”とは

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松岡宗嗣

男性・女性・LGBT──。数年前、ある病院の問診票でこの選択肢が記載されていたことがTwitterに投稿され、批判を集めた。

つい先日も、企業の採用フォームで「男性」「女性」「LGBT」というの選択肢が出てきたことに対して、「久々に履歴書を書いているけど これは何かの解決になっているのか?感がすごい」と疑問を投げかけるツイートが多数リツイートされていた。

「LGBT」は性的マイノリティを表す言葉のひとつだが、この選択肢を設けた企業はLGBTを、男性・女性ではない「第三の性別」と認識しているのだろうか?

性別欄の記入の際に困りやすいのは、自分の性別をどのように認識しているかという「性自認」に関するマイノリティであるトランスジェンダーなどの当事者だ。LGB(同性愛や両性愛者)などは、自分の恋愛や性的な関心がどの性別に向くか・向かないかという「性的指向」におけるマイノリティであり、性別を記入する際にこの点は関係しない。ここを押さえると、性別欄の「男性・女性・LGBT」という選択肢がいかに間違っているかがわかる。

他方で、近年は「男性・女性」に加えて「その他」という選択肢が用いられることが増えてきた。この回答を設けることで、男/女という二つの枠には当てはまらないXジェンダーやノンバイナリーなどの人たちを想定していることは伝わる。

しかしその一方、当事者の中には「あくまで男/女が前提で、“その他”という言葉に疎外感を感じる」と指摘する人もいる。企業担当者からも「この選択肢でいいのか不安だ」との不安がしばしば寄せられる。

性別欄をどう考えるか?

筆者は①そもそも性別は機微な個人情報だということを前提に、②何のために性別情報を集めるのかを改めて考え、③どんな選択肢であれば、より多様な人々が回答しやすいか、という3点について押さえるべきではないかと考える。

①性別は機微な個人情報

アプリのユーザー登録から、宿泊先のチェックインカード、イベントのアンケート、公的書類まで、日々私たちはさまざまな場面で性別欄への記入を求められる。

大多数の人にとっては、性別の記入で困ることはないだろう。しかし前述したように、例えばトランスジェンダー男性で、本当は性自認に基づいて男性と記入したくても、法律上の性別を記入しなければならないことに苦痛を感じるという人がいる。レストランなどの受付で性別欄と見た目の性別の不一致を指摘されたり、本人ではないと疑われるなどの経験をする当事者も少なくない。

Xジェンダーなどの当事者にとっては、性別欄が男性と女性しか想定されていないことで答えられない場合もある。そもそも性自認を持たないAジェンダーの人たちもいる。

これまでシスジェンダーの男性/女性しか想定されてこなかったことで、おそらく多くの人にとって、性別は「見た目でわかるもの」だと思われてきただろう。

しかし、いま目の前にいる人が「男性」か「女性」かという判断は、実は自分の勝手な臆測でしかなく、社会のシステムの中で割り当てられたものだという認識が広がってきている。本人の性のあり方に関するアイデンティティは、必ずしも他者が決め付けられるものではない。

さらに、トランスジェンダーやXジェンダーなどの当事者は、例えば「あの人ってもともと男性なんだって」などと暴露され、差別やハラスメントの被害を受けてしまうこともある。

トランスジェンダーに限らず、そもそもシスジェンダーの女性であっても、就職や入試などで「女性」と記入することで差別や不利益を受けてしまう場合もある。東京医大をはじめとした入試における女性差別が発覚したのは2018年、まだまだ差別はなくなっていない。

このように「性別」という情報は“見ればわかるもの”とも、“知られてもたいしたことではないもの”とも、言い切れない。場合によっては不利益を被る可能性もある「機微な個人情報」といえるだろう。

②何のために性別情報を収集するのか

普段何気なく設けられている性別欄は、なぜ必要なのだろうか? そもそも性別は「機微な個人情報」だからこそ、何のために収集するのかを改めて考える必要があるのではないだろうか。

近年、書類の性別欄の見直しが進められている自治体もある。例えば、印鑑登録証明書や地元の公民館の利用登録をする際など、性別欄が必ずしも必要ではない書類に関しては削除などが検討されているようだ。

見直しの基準は自治体によって異なるが、多くの場合は「法律で性別記載が必要とされているか」「ジェンダー平等の観点で、調査のために収集する必要があるか」「医療的な理由で必要か」「性別によって配慮の仕方が変わってくるか」などの点で、削除や見直しが判断されている。

確かに、医療的な場面では性別情報が必要になることもあるだろう。ジェンダー統計の観点からも、性別情報を収集しないことで、むしろ現状の不平等や格差が見えなくなってしまう可能性もある。そもそも、ジェンダー統計自体がまだまだ未整備な中で、その動きと性別欄削除の動きが反するのではないだろうかという懸念の声もある。

ただ、統計調査という意味では、個人に紐づかない形で、あくまでデータとして収集するという視点も忘れてはならないだろう。その際は、性自認で回答できるようにしたり、回答の選択肢を工夫すると同時に、「何のために性別情報が必要なのか」という点を回答者に明示しておくことも望ましいだろう。

性別欄をめぐる流れのひとつとして、「履歴書」の性別欄削除の動きが注目を集めている。

昨年、NPO法人・POSSEがトランスジェンダーの当事者と共に、履歴書の性別欄削除を求める署名を経済産業省と「JIS規格」を定める日本規格協会に提出。同協会は、履歴書の様式例を削除し、さらに昨年末、文具大手のコクヨは性別欄をなくした履歴書の販売を開始した。

実際に、トランスジェンダーの当事者で履歴書の性別欄に法律上の性別を記入することに苦痛を感じたり、その後の面接の際に、性別について指摘され試験を打ち切られたといった話も少なからず聞く。

本来、選考において性別は“関係ない”はずだが、シスジェンダーも含めて、「女性」と記入することで採用担当者のバイアスから不平等に扱われる懸念もある。もちろん写真や名前から性別がある程度伝わってしまう部分もあり、一概に性別欄の削除だけで実現できるわけではないが、フェアな採用という点からも性別欄削除は必要だろう。

一方で、履歴書から性別欄をなくすと「女性」の応募割合や競争倍率がわからなくなり、ジェンダー格差が温存されてしまうのではという声もある。特に企業では女性活躍推進法により、男女の競争倍率などの情報公開が求められている。

ただ、「本人のアイデンティティを問う」ことと、「データとして性別情報を集め、集計する」ことは分けて考える必要があるのではないだろうか。

例えば、採用のWEBエントリーページなどでは、統計的な観点から、より多様な人々が答えやすいよう選択肢を工夫し、性別情報を回答してもらうとしても、企業側の運用次第では、採用や面接担当者に、個人に紐づく形で性別情報が伝わらないよう設定することは可能だろう。

内定後は公的書類の提出などで法律上の性別は企業に伝わるが、能力に基づく公正な採用を担保するために、このように履歴書の性別欄は削除しつつ、一方でデータとして応募者の性別情報を収集することは可能なはずだ。

ほかにも採用以外の面では、例えば性別をもとにおすすめする商品の傾向を変えるなど、マーケティングの観点から性別情報を集めたいというニーズもあるだろう。

しかしこれは、場合によっては、男らしさ/女らしさなどのジェンダー規範を強化してしまう側面もある。本当に性別をもとに分ける必要があるのか、性別情報を収集する必要があるのか、このあたりも今一度見直されてほしい。

③どういう選択肢であれば、より多様な人々が記入しやすいか

では、性別情報を収集する際、どのような選択肢であれば、より多様な人々が記入しやすくなるだろうか?

そもそもトランスジェンダーの場合、法律上の性別の記入が求められているのか、性自認に基づいて記入していいのかわからないという声も根強い。

原則的には、「性別欄は基本的に本人の性自認ベースで回答する」という認識を、社会全体で共有すべきではないだろうか。

その上で、特に医療的な場面など、身体的な状況についての情報が必要な場合は、その旨を特記し、回答を求めればよい。

冒頭で、近年は「男性・女性・その他」という選択肢が増えてきたと述べた。確かに「その他」は、男女という枠に当てはまらない人を想定してはいるが、あくまでも性別というものは男性か女性が“ふつう”という前提や、二元論に当てはまらない性のあり方をすべて“第三の性”という枠に押し付ける認識を強化する懸念もある。

こうした点から、性別欄が必要な場合は、基本的に「自由記述」での記載が望ましいのではないかと考える。ただ、データ収集や集計の観点から、どうしても選択肢を設けたいという場合もあるだろう。

ここでも、「本人のアイデンティティをどのように聞くか」ということと、「データとして性別情報をどう集計するか」ということは、一旦分けて考えることができるのではないだろうか。

最近では、例えばTwitterの性別選択欄は「女性・男性・性別を追加(自由記述欄)」となっていたり、横浜DeNAベイスターズのアンケートでは「女性・男性・自分の表現を使いたい(自由記述欄)・答えたくない」という選択肢が設けられているようだ。

「自分の表現を使いたい」という表現については好意的な反応も多い一方で、「『女性・男性・答えない』というシンプルな選択肢でもいいのでは」という当事者の声もある。

また4つ目の「答えたくない」なのか「答えない」なのかでもニュアンスは変わる。前者は「本来答えるべき性別を、あえて答えない」という前提に立っているように感じるが、性別情報は機微な個人情報であり、そもそも「答えない」という選択肢も担保すべきだろう。

データを処理する際は、結局「男性・女性・その他・無回答」といった分け方になってしまうかもしれないが、少なくとも回答する時点では多様な人々が答えられるような選択肢を担保することができるのではないだろうか。

先ほどの2つの例は、「女性」の選択肢が最初にきているところもポイントではないかと思う。シスジェンダー・ヘテロセクシュアルの男性中心主義の社会では、いまだに学校の体育館の集会で、男子が先、女子が後ろに並ぶ学校があるように、さまざまな場面で男性が優先されることが多い。男女二元論が前提ではあるが、「女性」を先に持ってくるというひとつの変化から、既存の社会構造の変革へとつながる側面もある。

さまざまな企業や自治体などが「性別欄」をどうするか、試行錯誤している昨今だが、このコラムでは、性別情報は「絶対に集めてはいけない」ということを伝えたいわけではない。

性別は「機微な個人情報」であることを前提に、なぜ性別情報の収集が必要かを改めて検討することが求められる。不要な性別欄を削除しつつ、もし収集する場合は(なぜ収集する必要があるかをできるだけ回答者に明示しつつ)自由記述欄や、より多様な人々が記入しやすい選択肢を設けてほしいと思う。

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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