2020-12-29

LGBT報道、広がる領域、取りこぼされる視点。「LGBTニュース」で2020年を振り返る

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松岡宗嗣

「LGBTニュース」で1年を振り返るイベント「Year in Review 2020 : LGBTニュースで振り返る2020年」が26日、オンラインで開催。新型コロナウイルスによる影響、司法や行政、企業、国際的な「LGBT」に関する動きを振り返った。(LGBT NEWS 2020 一覧はこちら

ゲストは、LGBT法連合会理事・RainbowSoup代表の五十嵐ゆりさん、ジャーナリストの北丸雄二さん、そしてライターの鈴木みのりさん。それぞれ特に印象的だったトピックから「LGBT」と「メディア」をめぐる現在地点を語った。

まず冒頭、fair代表の松岡宗嗣からLGBTニュースを振り返った。

足立区議差別発言「これまでと違った方向性」

「やはり今年は東京都足立区の一連の流れが興味深かった」と語る五十嵐さん。

今年10月に、東京都足立区議会で、自民党・白石区議が「日本中がレズやゲイばかりになると、足立区が滅びる」などと発言し批判を集めた件。その後本人は発言を撤回、謝罪した。

「議会でこうしたまずい発言があったのはみなさんご承知の通りですが、その後の地元の人たちを中心としたアクションも起き、発言から約1ヶ月後、スピーディに足立区が『パートナーシップ制度』の導入発表へと至りました。この流れが、いままでの炎上発言と違った方向性として、良い事例ではないかと感じました」

今年11月末に公表された第2回目の性的マイノリティに関する意識調査の結果も「驚いた」と語る。

「この調査は2015年に第1回目が行われ、経年変化も見ることができるものでした。例えば、『同僚が性別を変えた人だった場合、嫌だ』と感じる人の割合が2015年では男性管理職で61.5%もいたんですが、今回の第2回目では24.2%まで減ったんです。この大幅な減り方に希望や期待を見出しました」

もちろん”まだ24%もいる”というのも現状だが、五十嵐さんは2015年の渋谷区・世田谷区のパートナーシップ制度導入以降、自治体や企業の取り組みの加速も貢献したのではないかと語る。

「この調査では、『性的マイノリティに関する差別を禁止する法律や条例の制定に賛成・やや賛成』を合わせると、87.7%に達しました。法制化の機運が高まっていると言えるのではないかと感じましたし、今後の活動でも多くの方に伝えていきたいと考えています」

五十嵐ゆりさん

司法や行政の領域でも取り上げられるようになった

ジャーナリストの北丸さんは、1993年から3年半、東京新聞のニューヨーク支局長を経験。その後2018年までニューヨークでジャーナリズム活動をしていた。

「2000年前後に、ゲイ雑誌の『Badi』でその年のゲイニュースを振り返る企画を毎年やっていましたが、当時日本の主流メディアでゲイ関連のニュースはほとんど報じられていませんでした。(今年のLGBTニュース一覧を見て)司法や行政の領域など網羅的に取り上げられるようになったことに感慨を覚えます」

一方で、五十嵐さんが紹介した調査の「(同僚が性別を変えた人だった場合、嫌だと感じる人の割合が)24.2%に減ったことについては、少し懸念もある」と語る。

「2018年の杉田水脈さんの『LGBTは生産性がない』という発言に対し『もうそういう時代じゃないんだから、そんなこと言ってはいけない』という言説がたくさんあったと思います。

“政治的に正しいこと”を言わないといけないという圧力も高まってきて、24.2%以外の人たちが果たして、本当にそう思えているのか、それともそう思っていると言わなくてはいけないと思っているのかは少し疑問です。

『もうそういう時代じゃない』なら『じゃあどんな時代なのか』という点について、これまでと今の時代を比べて、そのジャンプ感のギャップ一つひとつを埋めていく必要があるのではないかと思います」

北丸雄二さん

北丸さんが今年特に注目したのは、アメリカの「Black Lives Matter運動」だと語る。

「この運動は2013年からはじまったものですが、立ち上げた黒人女性3人のうち、2人がミレニアル世代のクィア当事者でもありました。

それまでブラックコミュニティは、性的マイノリティを排除する動きも多かったのですが、今年のBlack Lives Matterの動きからレインボーフラッグも掲げられるようになったんです。

さらに、デモには白人もアジア系もラテン系も様々な人種の人々も参加する、新しいうねりとして出てきたと感じています」

6月にはニューヨークなど全米で「Black Trans Lives Matter」集会も開催されるようになった。

「アメリカではトランスジェンダーの殺人事件の数が過去最高にのぼっています。背景にはトランプ政権の白人男性至上主義とホモフォビアがあり、政治の問題として立ち上がらなければならない状況にあったということです」

政治という点で、今年は米大統領選が世界中の注目を集めたが、北丸さんによると、今回の選挙でLGBTQの当事者は「1004人」が立候補したという。

「そのうち334人が当選し、前回から比べると3倍です。それでもアメリカの全議員の0.4%しかいない。アメリカですらそういう状況ではあります。日本でも司法や行政といったところで動きが出てきていますが、公の領域で『言揚げ』をしていかなければならないと思います」

鈴木みのりさん

見落とされてしまう「ニュース」

ライターの鈴木みのりさんは「この場もそうですが、常日頃から”LGBT”という看板で語られることに居心地のわるさを感じている」と語った。

「LGBT」と「ニュース」について考える場合に、「すでに一般に流通している『わかりやすい記号』として『LGBT』とまとめられることで、そのニュースがどの属性に関するものなのか、あるいはどういった課題がこれら性的マイノリティが重なり合うものなのかという点が省略されやすいし、また、シスジェンダーのレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルより集いにくいトランスジェンダーの声はメディアに取り上げられにくいのではないか」と問題を提起した。

「今回のニュース一覧は、既存のメディアで報道されたニュースをまとめていると伺いました。11月20日はアメリカを発端とするTransgender Day of Remembrance(TDoR)、直訳で『トランスジェンダー追悼の日』というセレモニーが世界的に広がっていて、日本でも東京でささやかな集会が手弁当で行われましたが、大手メディアには注目されず、今回の一覧にも入っていません」

北丸さんが取り上げたBlack Lives Matterの運動についても、「黒人全体の問題は注目される一方で、シスジェンダーの多いコミュニティ内では、特に黒人かつトランス女性が排除されやすいと聞きます。

BLMの正統性の一方、黒人トランスの置かれている困難を俎上にのせようとする、Black Trans Lives Matterの運動について発信する人々がSNSでシェアする情報の中には、苛烈な暴力映像もありました。しかし、アメリカでもこうした事件がニュースになりづらい」

また、アメリカでトランスジェンダーの殺害率が高いという点についても「数字になっていないものもあるのではないか」と語る。

「トランスジェンダーとひとくちに言っても、アメリカでは特にエスニシティ(特に黒人)との複合的な差別も根深く、日本とは社会・文化背景が異なる部分も大きいですが、参照点や共通点はあると思います。

そういう意味で、TDoRの始まった歴史を学ぶなど、収奪しないよう慎重になりつつも、トランスである人々の存在感を訴える機会として、注目されてほしい。

しかし残念ながら、参加人数が大きかったり著名人が主催しているほうが”報道価値がある”と見なされやすいのではないでしょうか。

このように、“LGBT”という大きなくくりの中で、取りこぼされているものがあると感じています。既存のメディアで語られるもの、どう語らていれるか、そして何が語られていないかについて、より繊細に捉えることが必要ではないかと思います」

もっと繊細な物語や多くの逡巡がある

男性同士の恋愛を描くコンテンツは日本でも増えつつあるが、女性同士の関係やその描き方については「まだまだバランスが悪い部分もあると感じる」と五十嵐さんは語る。

「先日、映画『燃ゆる女の肖像』を観て、とても感銘を受けました。女性同士の情熱的な恋愛が主軸の作品ですが、同時に、階級や年齢の差を越えたシスターフッドだったり、男性に奪われてきた自由や人生を取り戻そうという文脈などが織り交ぜられた、非常に奥行きを感じる映画で感動しました」

報道という点では、性的マイノリティに関する取材する側のスタンスについても疑問を感じるという。

「例えば、2016年の熊本地震の際には、避難所において、トランスジェンダーの方々がトイレやお風呂で困る事態がおきました。一方で、特に困らなかったという人がいたことも事実です。そのような時にメディアは、『困難を抱えているトランスジェンダー』と一括りにして、『困っていることを教えてください』という取材に偏った結果、粗雑にまとめてしまいがち、という課題があると思っています。

本当はもっとたくさんの繊細な物語や多くの逡巡があるはずですし、私たちももっと多様なストーリーや文脈をメディアに対して提示していかないといけないなと思っています」

この課題について、北丸さんは「やはりメディアの中にオープンリーなゲイやレズビアン、トランスジェンダーなどの人がどれくらいいるか」が重要だと語る。

「本来は取材対象者に『困ったことは何ですか』と聞く前に、社内のLGBTQの同僚からいろいろな情報を仕入れることができているはずなのです。しかし、日本のメディア業界の状況は、カミングアウトしている人がほとんどいません。なので取材する際も下地となる知識もなく、いきなり当事者に当たらざるを得ない。

アメリカではLGBTQのジャーナリスト協会がありましたが、今では各メディアの中に(LGBTQ当事者の)ネットワークが出来上がっているので、あまり活動する必要がなくなってきています。カミングアウトしているジャーナリストが少ない日本では、記者たちも基礎的な勉強ができていないのだと思います」

業界がどう作られてきたかを見直す

取材をするメディアの構造の問題について、近接する業界として、今年9月に米アカデミー賞が2024年からノミネート作品にマイノリティへの配慮を加えた新基準を設けると報道があった点について、鈴木さんは言及した。

「例えば『トランスジェンダーの役はトランス当事者が演じるべきではないか』という話をする際に、『俳優はそもそも自分と異なる存在なのだから、トランス役はトランスの俳優にというのは、むしろ俳優という仕事を軽視しているのでは』という声もあがっていました。

しかし、このアカデミー賞の新基準の焦点はまず『労働環境をフェアにするという課題』であり、登場キャラクターや配役に関するマイノリティを取り入れる配慮だけでなく、プロデューサーなど決定権ある立場、制作スタッフ、インターンの中にもこうしたマイノリティの人々を登用するよう求めている。つまり、さまざまなマイノリティ属性の人々が映画産業に参入するための機会と教育が意識された配慮、という判断だろうと考えられます。

こうした変革は、美的基準すら問われるかもしれない。これまでどういう立場・属性の人たちを基準にして、業界や世界が作られてきたのかを見直そうという試みだと私は理解しています」

近年は、ドラマシリーズ『POSE』や、トランスジェンダーの描かれ方を紐解いたドキュメンタリー映画『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』など、高く評価される作品もあるが、この2つの共通する点の一つとして「作り手の方々もトランスジェンダー当事者」である、と鈴木さんは挙げる。

「単にトランスジェンダーが表象されるというだけでなく、俳優はもちろん、監督、脚本、プロデューサー、コンサルなど、作り手に多くトランスの人々、クィアな人々がいる、つまりコミュニティに仕事として、存在感を発揮する場として還元されているんですね。

Netflixにはトランスを扱ったドキュメンタリー映画に『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』がありますが、この作品で扱われた情報はニューヨークのトルマリンというアーティストが2000年頃から集めてtumblrなどオンラインでオープンリソースとして共有していたものではないか、と2017年に告発しました。

この映画はシスジェンダー男性でゲイの監督が制作した作品です。人種的にもジェンダー的にも、Netflixという大きなメディアで作品発表をする機会を得やすい、資金を得やすいという機会の不均衡についてもトルマリンは指摘しています。

マイノリティのあいだにも格差があるということや、マイノリティに関する作品を制作する際にその利益がどの立場の誰にどう還元されるのか、という視点も忘れられてはならないと思います」

2021年に向けて

最後に、各ゲストが来年以降に向けての想いを語った。

北丸さんは「来年というか、ずっとこうなったらいいなという話ですが、日本の政治状況を見たときに、例えば選択的夫婦別姓の制度なんて、どう論理的に考えても認められない理由はないのに、先日、自民党は党内の議論で計画からその文言を削ぎ落としました。論理性を持つことのできない政治家が同性婚や人権の問題について考えられるのか、と思うんです。

自民党的な思考方法がダメだということをわかってほしいですし、政治的以前に論理的な考えを持ってほしい。

近年では『PC(ポリコレ)棒』といって、妖怪か怪物のような形で表現されることがありますが、そもそも日本でポリコレ棒が機能したことはないでしょう。正義が主人公になった話はほとんどない。もしこれが大きな権力を持ったら、私だって批判しますよ。でも全然そうじゃない。

きちんと物事を論理的に考えるということを、少なくとも私たちだけは持っていきたいと思います」

鈴木さんは「わたしはTBSラジオの『荻上チキ・Session』という番組をよく聞いているんですが、今年秋に夕方の時間帯に変わる前後から、識者として出ている方のジェンダーバランスが変わってきたと感じています。

例えば経済というテーマひとつとっても、トランスジェンダー、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルといった属性を持つ人々はもちろん、在日コリアンやさまざまなルーツの在日外国人とされる人々、身体に『障害』があるとされる人々、あるいはそれらを複数持つ人々など、いろいろな立場で、見え方は異なると思うんです。

逆に言うと、あらゆる人に経済は関わるはずなのに、シスジェンダーで異性愛の男性を中心とする『経済』を『当たり前』としてきた。多様な属性の識者の登用を通して、もしかしたら、その「見え方」の差異が浮き彫りになったり、新しい視点が取り入れられるかもしれない。そうしたメディアの変容が増えていくといいなと思います」

五十嵐さんは「今日見つけたニュースですが、世界中にユーザーを持つオンライン署名サイト『Change.org』の中で、コロナ禍において最も市民の変化が見られたのは日本だと報じられていました。長い間、政治に無関心だとされていた若者が、どんどん署名ページを立ち上げて、その数が日本がトップだったという内容です。

私はこれを見て、とても希望を持ちました。他人事ではなく、自分たちのことなんだと、だから自分たちが変えないといけない、黙ってちゃだめなんだと。足立区の動きもそうですが、『社会を変えたい』『声をあげたい』という層が確かに増えているように感じますし、激動の時代に未来への希望を感じることができて嬉しく思います」

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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