2019-12-23

だれもが職場で加害者にも被害者にもなりうる「SOGIハラ」とは?厚労省「パワハラ防止指針」を採択

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松岡宗嗣

昨年のパワハラ相談件数は8万件超ーーー。

23日、企業等(地方自治体や各種団体含む)にパワーハラスメント防止対策を義務付ける指針が、厚生労働省の審議会で採択。大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月頃から防止対策が義務化される。

さらに「指針」では、いわゆる「ホモネタ」など、性的指向や性自認に関する侮蔑的な言動である「SOGIハラ」や、本人の性的指向や性自認を第三者に勝手に暴露する「アウティング」の防止対策も、すべての企業で求められることとなった。

「LGBT」という言葉は知っているという人は多くなってきたが、友人や職場など「当事者が身近なところにいる」と感じられている人はどれほどいるだろうか。

未だ多くの企業で「うちの職場にはLGBTはいない」と思われている中での、企業への「SOGIハラ」や「アウティング」防止対策の義務付け。

何がパワーハラスメントに該当するのか、「SOGIハラ」「アウティング」防止対策の具体的な内容について考えてみたい。

パワーハラスメントとは何か

指針は、今年5月に企業のパワーハラスメント防止対策を義務付けを決めた「労働施策総合推進法」の改正に付随して、具体的に企業に求められる防止対策の内容を定めたものだ。

指針では以下の3つの要素の全てを満たすものを「パワーハラスメント」と定義している。

さらに、以下の6つの類型のいずれかに当てはまる行為が「パワーハラスメント」に該当するとされている。

さらに指針では、フリーランスや芸能関係者、就活生など、直接雇用していない第三者へのパワハラや、顧客からのパワハラに関する相談を受けた場合も、適切な対応を求めるよう示されている。

また、いわゆる「ホモネタ」によるからかいなど、性的指向や性自認に関する侮蔑的な言動である「SOGIハラ(※1)」や、本人の性的指向や性自認を第三者に勝手に暴露する「アウティング」の防止対策が企業に求められることも盛り込まれた。

なお、指針に記載の例はあくまで事例に過ぎず、国会では「性的指向・性自認を理由に仕事から排除する」こともパワーハラスメントに該当すると政府が答弁しており、記載されていないような例も含まれるとされている。

例えば、「交際相手について執拗に問われる」や、「妻に対する悪口を言われる」などは、「個の侵害」に当たると、従来から厚労省は示していることから、パートナーに(同性パートナー含む)関するハラスメントも該当すると解釈できる(※2)。

(※1)性的指向=Sexual Orientation、性自認=Gender Identityの頭文字をとって「SOGI」という。
(※2)厚生労働省 あかるい職場応援団 ハラスメントの類型と種類

「うちの職場にLGBTはいない」は通用しない

先月、東京新聞で、ある40代のゲイ男性の体験が報じられた。男性はゲイであることを職場で公表しておらず、上司や同僚から「なんで結婚しないの?彼女は?」などとしつこく聞かれていたという。

同僚らがLGBTについて「気持ち悪い」と話しているのも聞きており、できるだけ飲み会などは断り、同僚と話さないようにしていたが、「我慢の限界だった」。

男性は、上司や同僚らとの飲み会で「いいかげんにやめてほしい」とカミングアウト。同僚らからは謝罪を受けたが、同席していた上司には「アウティング」をされてしまい、結果、飲み会にいなかった同じ部署の他の職員にも、男性がゲイであることを知られてしまったという。

きっと、同僚や上司は”悪気なく”口にしてしまっていたことだろう。「まさか自分の職場にLGBTの当事者はいないだろう」という憶測のもとで。

LGBTの人口は約8%とも言われているが、「よりそいホットライン」の報告によると、LGBTの当事者のうち、職場でカミングアウトしている人の割合はたった約15%だ。

連合が行った調査では、職場でSOGIハラを見聞きしたことのある人は全体で約2割だが、回答者を「LGBTの当事者や身近にLGBTの友人・知人等がいる人」に限定すると、その割合は6割に上昇した。行為者は、”悪気なく”SOGIハラをしてしまっていることが伺える。

今回のパワハラ防止法が施行されれば、もう「うちの職場にはLGBTはいない」「多様な性のあり方について知らなかった」という言い訳は通用しないフェーズに入ってくると言えるのではないか。

何を対策すればいい?

指針では、企業に求められるパワハラ防止対策の「措置義務」として、大きく以下の4つの実施を義務づけている。SOGIハラやアウティングについても、パワーハラスメントの一部として同様の対応が必要となる。

特に「SOGIハラ」に関してポイントとなるのは、LGBTに限らず、全ての人が加害者にも被害者にもなり得るという点だろう。

例えば、職場でフェミニンな男性に対して「お前ホモみたいだな」というようないじりが起きてしまっているように、非当事者であってもSOGIハラの被害者となることはある。

「性的指向」や「性自認」は、LGBTの人も、そうでない人もすべての人に当てはまる属性だ。そのため「LGBTハラスメント」ではなく「SOGIハラスメント」という呼称が使われている。

「アウティング」に関しては、「本人確認の徹底」が最も重要なポイントだろう。

本人がどこまでカミングアウトしているのか、どこにまで伝えて良いのかを確認すれば問題は起きない。飲み会での噂話はもちろん、特に、人事情報の共有や閲覧範囲で意図しないアウティングに繋がらないよう注意したい。

今回の指針では、性的指向・性自認等が、「機微な個人情報」として本人同意を得ずに暴露されることのないよう、周知・啓発することも義務づけられると、あえて特記されている。

相談窓口の設置についても、窓口自体の周知や、適切な対応ができるよう体制を整備することも含めて義務づけられた。

LGBTや多様な性のあり方について知識のない人が対応にあたり、結果的に二次被害が起きてしまうということがないよう、相談対応者の研修等も必要だろう。SOGIハラやアウティングについて、守秘義務のある外部の相談窓口を設けている企業もある。

まだまだ「SOGIハラ」と「アウティング」という言葉自体もよく知られていない現状。パワハラ防止を周知・啓発する際に、常々「SOGIハラ・アウティング」の説明も盛り込むことが重要だ。

法律を守らなかったらどうなる?

パワハラ防止法では、企業のパワーハラスメント防止対策は「措置義務」だと規定されている。

もし防止対策を行わなかった場合どうなるのか。

例えば、従業員から通報があれば、労働局が企業に報告を求め、その結果によっては企業に助言・指導・勧告を行う。もし企業がこれを拒み続ければ、最終的に企業名が公表される可能性も規定上あり得る。

しかし、繰り返しになるが、今回の指針はあくまでもパワハラの”防止対策”を企業に求めるものであり、起きてしまったハラスメントについて、行為者に刑事罰を課したり、裁判で争そう際の直接の根拠になるものではない。

だからこそ、企業はSOGIハラやアウティングも含め、「パワーハラスメント」をより広く捉え、予防、対策をしていくことが求められるだろう。

なせなら、パワハラを防ぐことは経営者側も働く労働者側も、双方にとって「メリット」となるからだ。

厚労省の調査によると、パワハラが起こる職場に共通する特徴として「上司と部下のコミュニケーションが薄い」「残業が多く休みが取りづらい」「失敗が許されない、許容度が低い」などがあげられている。

一方で、ハラスメントをなくすことは、「優秀な人材を逃さない」ことや「従業員の意欲向上」「メンタルヘルス不調の低下」「コミュニケーションの活性化」「風通しの良い職場づくり」に繋がる。

SOGIハラやアウティングの防止についても、他の「多様な社員」の存在を受容する環境へと繋がっていくだろう。

今回の法制度は企業等の「組織」に向けて対策を義務づけるものだが、もはや、企業で働く一人ひとりにとっても、多様性を尊重し、SOGIハラやアウティングを含め、ハラスメントにならないようなコミュニケーションを身につけることは、働く上での基礎的なスキルとして求められてくる時代だ。

(2019年12月23日Yahoo!ニュースより転載)




プロフィール
1994年愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。一般社団法人fair代表理事。オープンリーゲイ。政策や法整備を中心としたLGBTに関する情報発信やキャンペーンを行っている。LGBTを理解・支援したいと思う「ALLY(アライ)」を増やす日本初のキャンペーン「MEIJI ALLY WEEK」発起人。

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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