2021-01-28

国際人権法の視点「世論が法律を作るのではない」性的マイノリティの人権、国家に求められる責務

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松岡宗嗣

「LGBT平等法」の制定を求める諸団体が25日、菅首相に対し法整備を求める書簡を送付。翌日に配信されたオンラインイベントで、全国約80のLGBT関連団体で構成される連合会「LGBT法連合会」の神谷事務局長が報告した。

日本はOECD諸国で性的マイノリティに関する法整備状況がワースト2位という現状だ。国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の土井香苗代表は「(性的マイノリティの)人権が保障されているとは言えない」と語る。

さまざまな分野で国際社会から取り残されていく日本。イベントでは、性的マイノリティを取り巻く現状について、学術やメディア、アドボカシーなど各界の専門家が語った。

EqualityActJapan提供
EqualityActJapan提供

国際的な組織からの賛同

LGBT法連合会の神谷さんらは、昨年10月より「LGBT平等法」の制定を求める国際署名キャンペーン「EqualityActJapan – 日本にもLGBT平等法を」を行っている。

神谷さんは「書簡では、菅首相に対し性的指向や性自認に基づく差別を禁止する法律(LGBT平等法)の導入を直ちに公に約束することなどを求めました」と話す。

「LGBT関連団体や人権団体など、国内102団体に加えて、今回は13の国際団体からもこの書簡に賛同をいただきました。中には、国際的なLGBT関連団体の連合体『ILGA World』や、労働組合の国際的な組織『ITUC(国際労働組合総連合)』、日本の日本プロ野球選手会をはじめ、世界中のさまざまなスポーツ領域の選手協会が属する『World Players Association』などもあり、なかなかこの規模の賛同が集まったことは今までなかったと思います」

こうした国際的な組織が賛同を表明する背景には、これまで世界各国や国際社会で性的マイノリティの人権保障に関する議論が積み重ねられてきた経緯がある。

その一つに、2011年に国連人権理事会で性的指向と性自認に関する初めての決議が出されたことや、2015年にはWHOやUN WOMEN、ユニセフ、UNHCRなどの国連機関から共同声明が出されたことなどがあげられる。

国連人権高等弁務官事務所アソシエートヒューマンライツオフィサーの田中太郎さん(左下)(筆者撮影)
国連人権高等弁務官事務所アソシエートヒューマンライツオフィサーの田中太郎さん(左下)(筆者撮影)

国連から出されるさまざまな勧告

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の田中太郎さんは「共同声明では、各国政府に対して、LGBTIの人々に対する差別や暴力をなくすために何が求められているかということが示されています」と語る。

OHCHRでは「UN Free&Equal」というLGBTIの人権問題に取り組むキャンペーンが行われている。その一方で、国連人権理事会に任命された「性的指向・性自認を理由とする暴力と差別からの保護に関する独立専門家」が、LGBTに関する様々な人権問題の調査や報告、各国政府に対する人権侵害に関する書簡の送付などの活動を行っている。

国際人権法が専門の金沢大学の谷口洋幸さんは「議論自体は1990年代から始まっていて、2011年の国連人権理事会の決議や、その後の国連の動きの活発化につながっていきました」と話す。

「OHCHRが出した『LIVING FREE AND EQUAL』では、国がやらなければいけない5つのことが示されていますが、その中の一つに性的指向や性自認に関する差別を禁止する法律をつくることが示されています」

「しかし、日本政府に対して、社会権規約委員会や自由権規約委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利などからさまざまな勧告が出ていたり、国連人権理事会でも、他国から日本政府に対し『差別禁止法を作りなさい』という勧告も出されていますが、一向に進んでいないのが現状です」

金沢大学国際基幹教育院准教授の谷口洋幸さん(筆者撮影)
金沢大学国際基幹教育院准教授の谷口洋幸さん(筆者撮影)

日本政府「外と内」のギャップ

2013年に日本で初めてILGA(国際レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランス、インターセックス協会)の共同代表を経験した弘前大学の山下梓さんは「(ILGAでは)アジアは”大人しい”印象を持たれているのではないかと思います」と語る。

「台湾では同性婚などが可能となったので、先進的なイメージを持つ人もいるかと思いますが、他方で日本をみてみると、日本政府は国連で性的指向や性自認(SOGI)に関する決議で賛成の立場をとっていますが、国内ではそのような動きは鈍いです」

谷口さんも「日本は国連人権理事国として、2011年の性的指向や性自認に関する決議に賛成をしています。2019年に『理事国』になるため立候補した際、『自分の国ではこんなに人権を守っていますよ』と宣言をして、その際に『さらに性的指向や性自認(SOGI)に関する取り組みをします』という宣言もしました。しかし、実際には国内の法整備は進んでいません」

「国際社会から見る日本のイメージと、国内の実態には非常にギャップがある」と語る土井さん。日本政府は国際社会に対しては人権保障について積極的な姿勢を示すものの、国内の政策はそれについていけない状態が続いている。

公益財団法人ジョイセフ アドボカシー・マネージャーの斎藤文栄さん(筆者撮影)
公益財団法人ジョイセフ アドボカシー・マネージャーの斎藤文栄さん(筆者撮影)

若い世代は確かに「寛容」になってきているが…

「性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」の問題に取り組んでいるNGO「ジョイセフ」でアドボカシーを担当している斎藤文栄さんは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは「LGBTやSOGIにも密接に関係してくる」と話す。

「90年代の半ばに国際会議で確立された、この『セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ』という概念は『全ての個人が自分の体に関する決断をする権利を持ち、それを実現するために必要なサービスを受けられる』ということを表しています」

「これは、例えば女性の産む/産まないという権利だけでなく、自分の性的指向や性自認、性表現について自分自身で自由に定義できることなども含んでいます。そのため、LGBTやSOGIに関する議論も密接で、国際社会でも取り組みが進められています」

またジョイセフは、国内でも昨年末に策定された「第5次男女共同参画基本計画」に若い世代の声を届ける活動を支援してきたという。

斎藤さんは「パブリックコメントには1000以上のコメントが若者から寄せられ、実際に『性的指向や性自認によるハラスメントの防止』も取り入れられました」と話す。

LGBT法連合会の神谷さんは「年齢が若い方が確かに寛容度が高まっています。しかし、若くても(性的マイノリティに対する)嫌悪感が強いという人もいます」と話す。

「日本社会における人権について、よく『思いやり』や『心がけ』という認識に重きが置かれがちですが、それだけでなく”ルール”が重要です。場所や人との関係性によって取り扱われ方が違ってくると思うのですが、一定のルールがあれば世代や内面も関わりなく、このルールに戻って考えることができます。当事者のNGOの一人として、差別の被害にあったときに泣き寝入りしなくてすむよう『LGBT平等法』が必要だと思います」

この点について金沢大学の谷口さんは「人々の意識というのは社会制度などからも影響を受けています。LGBTに関して”進んでいる”と言われるオランダでも、LGBTに関する法律に反対している人は2割程度はいて、なかなかすべての人の意識を変えることは難しい。だからこそ制度を作ることが重要です」と話した。

ジャーナリスト、株式会社メディアコラボ代表の古田大輔さん(筆者撮影)
ジャーナリスト、株式会社メディアコラボ代表の古田大輔さん(筆者撮影)

メディアの影響と世論

昨年発表された調査では、性的マイノリティに関して、いじめや差別を禁止する法律や条例の制定に対して約9割の人々が「賛成・やや賛成」と回答している。寛容度や法制化に対する肯定的な意見は確実に増えてきていると言える。

背景の一つに「メディア」による影響もあるだろう。ジャーナリストで株式会社メディアコラボ代表の古田大輔さんは「この流れは特にここ10〜15年くらいの進展が目覚ましいと思います」と語る。

「2008年、朝日新聞の記者だった時にLGBTに関する記事を書き始めましたが、当時、社内でLGBT関係の記事を書こうとしても企画を通すのは難しかったです」

「全国紙とNHKのデータから調べてみると、2006~10年で『LGBT』という文字が入っている記事は27件でした。これが2011~15年では666件、2016~20年は4662件と増加しています。『性的少数者』でも同様です。メディアを通じて認知が広がっていくとともに、例えば、東京レインボープライドの参加者数も急増していきました」

東京以外の地域でも、これまでさまざまなプライドパレードやLGBT関連のイベントなどが行われてきたが「地方でも多様なイベントが開かれるようになって、さらにメディアに取り上げられる回数も増えた」と相互の関係を指摘した。

一方で、この動きは「海外と比べると日本は遅れていると思います」と古田さんは語る。

「新聞社は伝統的に影響力の強いメディアですが、世界的に見ても、非常に(シスジェンダー・ヘテロセクシュアルの)男性が中心の業界で、ジェンダーやセクシュアリティに関するテーマが取り上げにくかった。それが海外では日本よりも早く女性の活躍の場が広がったのと、もう一つ、ネットメディアが台頭し、LGBTに関する問題も大きく取り上げるようになりました。海外ではこのような動きが2011年より前から始まっていましたが、日本は出足が遅かったと言えるでしょう」

「法整備にも肯定的な意見が増加し、EqualityActJapanのキャンペーンも始まりました。法整備を最終的に決める政治の世界で『機が熟していない』という意見もありますが、世論を見れば、十分に機は熟していると思います」

弘前大学男女共同参画推進室助教、ILGA元理事の山下梓さん(筆者撮影)
弘前大学男女共同参画推進室助教、ILGA元理事の山下梓さん(筆者撮影)

「日本がどう見られるか」ではない

政治家を動かすために世論を形成するという点は重要である一方で、山下さんは「世論があるからLGBT平等法が必要です」という主張には注意も必要だと語る。

「世論を動かすのは本来、法律をつくる政府に責任があり、これは国際人権法上の国家の責務であることは押さえておきたいと思います」

また、山下さんは「このイベントのちゃぶ台をひっくり返すような形になってしまいますが、私は日本が国際的にどう見られてもかまわない」と話す。

「普段、私は岩手や青森で生活をしていますが、(性的マイノリティの人々は)いつになれば”じゅうぶんな人間”として扱われるのか、友人や家族を失ってしまうのではと不安に思わなければいけない日々が続いています」

「日本がどう見えるかは政治家の人にとっては重要かもしれませんが、これは結果的な部分です。現場のキャンペーンや支援に携わる人間からすると、既にそこに生きている人たちがいるので、その人たちの生活から不安や恐怖を取り除くために、国家がすべきことについてプッシュしていく必要があると思います」

さらに、山下さんは「その国、その地域の当事者の人たちを大事にしなければいけない」という点についても指摘する。

「仮に日本がこのキャンペーンを成功させて法律ができたとしても、例えばこれを他の国に単純に輸出することはできないと思います。法律をつくる際は、当事者の経験や声が大切であるように、海外の人たちと連携するときも、私たちは”救う側”で、対象の人たちは”恵まれない被害者”、”気の毒な立場の人たち”といった視点は持たないようにと思います」

一般社団法人LGBT法連合会事務局長の神谷悠一さん
一般社団法人LGBT法連合会事務局長の神谷悠一さん

LGBT法連合会の神谷さんは「基本的なことですが、なぜLGBT平等法が必要かというと、それは実際に差別が起きているからです」と語る。

「EqualityActJapanでは、WEBサイトにもいくつかの差別事例についてのインタビューが掲載されています。トランスジェンダーであることを明かすと10社連続で採用面接を落とされてしまった人や、同性と付き合っていることを理由に学校の教室から追い出されてしまった人アウティングによって内定を取り消されてしまった人などがいます。」

「こうした性的指向や性自認に関する差別を禁止する法律がない現状を打破するために、今年こそ『LGBT平等法』が必要だと思っています」

「社会運動や、国連からの勧告、そして世論も高まっている。ぜひ一人でも多くの方にEqualityActJapanのWEBサイトから、LGBT平等法を求める署名をしていただき、私たちも引き続きアドボカシーを続けていきたいと思います」

「EqualityActJapan」では2月21日まで、WEBサイトで署名を募集している。

イベントのアーカイブ映像は以下のYouTubeで観ることができる。

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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