2021-12-02

「多様性こそ危機管理の土台」行政の視点から、新型コロナが性的マイノリティに与える影響と対応を議論

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松岡宗嗣

WHOが新型コロナウイルス感染拡大について「パンデミック宣言」を出してから1年半以上が経過した。国内の感染拡大は現状下火だが、予断は許されない状況が続いている。

昨年の感染拡大初期は、トランスジェンダーを対象にした調査で、性別適合手術が中止になり、手術代として貯めていた費用を切り崩して生活しているといった当事者の困難が浮かびあがったり、同性のパートナーを持つ人の中には、パートナーが感染した場合に病院等で家族として扱われるか不安といった声も上がっていた。

2021年も終わろうとしている。fairではオンラインイベント「LGBTQを取り巻くいま – 新型コロナウイルス・パンデミック宣言から1年半」を配信し、改めて新型コロナ感染拡大が性的マイノリティに及ぼす影響について、特に行政施策の視点を中心に議論した。

イベントはYouTubeで配信

優先度が下がってしまう

登壇者のひとり、増原裕子さんは2020年4月から、兵庫県明石市でLGBTQ+/SOGIE施策担当職員として働いている。

着任してすぐに新型コロナ感染拡大が本格化。当初始めようとしていた性的マイノリティに関する施策はストップしてしまった。さらに、急遽設置されたコロナ総合相談窓口の電話対応に部署ごと異動になったという。

本来の業務がスタートしたのは7月頃。その後はパートナーシップ・ファミリーシップ制度の導入や性的マイノリティに関する相談窓口も開設した。

しかし、2021年になるとワクチンの集団接種がはじまり、増原さんの所属する部署は再び異動となり、今度はワクチン接種会場の担当となった。

「自治体職員も限られているなか、災害時と同様の体制になったのは仕方がないと思いますが、やはりどうしてもLGBTQ+やSOGIEに関する業務は優先度が下がってしまう状況でした」

ただ、既に明石市では性的マイノリティに関する相談受付を開始し、パートナーシップ・ファミリーシップ制度もスタートしていたことから、窓口を完全に閉じるというわけにはいかない、と施策担当者のうち一人が必ず事務所にいるという状態は維持できたという。

「この間、啓発などの企画は延期になり、集中して取り組もうとしていた学校などでの講座や研修も、緊急事態宣言を受けて中止や延期を余儀なくされました。現在はオンラインで実施する機会も増えていますが、全体的に性的マイノリティに関する啓発・研修の動きはいったんブレーキがかかりました」と増原さんは話す。

さらに、保健所はコロナ対応で逼迫し、HIV無料検査が中止になってしまったこともあった。

日本の保健所設置数は1990年代からほぼ半減している。保健所機能そのものが減らされてしまった弊害が、新型コロナだけでなく他のさまざまな感染症への対応などにも影響している。

オンラインでの相談や交流

NPO法人共生ネットで、長年行政と連携し性的マイノリティ当事者の交流や相談事業などを運営してきた原ミナ汰さんも、コロナ禍でさまざまな影響を受けたと語る。

相談事業は対面からリモートでの実施に変わり、交流事業もオンライン上で開催されることになった。リアルで顔を合わせて話すことがしづらくなった一方で、相談数は少しずつ増えているという。

コロナ禍で相談内容が大きく変わるということはなかったが、「家族にカミングアウトしていない当事者などが家から電話をかけてきて、途中で『人が来たから切らないと』となかなか相談しづらい状況も目立つようになりました」と原さんは話す。

新型コロナに関する相談では、ワクチンに関するものも少なくなかったという。トランスジェンダー当事者でホルモン治療を受けている人が、血栓などの懸念からワクチンを打った方が良いか迷っているという相談もあった。

原さんは「現状は基本的に主治医に相談していただき、本人で判断してもらうしかできない」と話す。

増原さんもワクチンを受ける際の予診票の「性別欄」について、周囲のトランスジェンダーやXジェンダー、ノンバイナリーなどの当事者から不安の声を聞いていたという。

実際に、Xジェンダー当事者でワクチン接種の際に性別に丸をつけず提出したところ、目の前で何も言わず見た目から勝手に丸をつけられ苦痛を感じたという人や、一方で性別欄を空欄にして提出すると、他の人に聞こえないように「ここはどちらでも良いので、チェックしてください」と小声で指差し確認をされ、性自認に則ってチェックできたという人など、現場によって対応がバラバラな現状が浮かび上がる。

職場への影響

SR LGBT&Allies共同代表で、特定社会保険労務士の小田瑠依さんは、雇用労働の領域における性的マイノリティへの影響として、パンデミック長期化による労働市場全体の問題と、性的マイノリティに特徴的な困難がかけ合わされる形で、性的マイノリティの困難がより大きくなっている可能性について問題提起した。

厚生労働省の調査によると、2020年は労働者全体に占める採用者と離職者の割合が、東日本大震災のあった2011年の9年ぶりに逆転し離職者が高くなった。特にパートタイマーや非正規労働者の落ち込みが目立つという。

「労働市場全体もシュリンクしている現状で、一旦離職をしてしまうと次の仕事を見つけにくい状況になっていると思います」と小田さんは語る。

研究者や当事者運動の場からも、特にトランスジェンダーの非正規雇用率の高さを指摘する声がある点について触れ、「性的マイノリティ当事者も、コロナ禍による整理解雇、シフトカット、労働条件の引き下げなどが起こりやすい状況にあると思います」と小田さんは話す。

OECDの調査によると、コロナ禍で抑うつと診断されている人が世界的に増えているという。厚労省の性的マイノリティに関する職場実態調査で、性的マイノリティ当事者のメンタルヘルスはそうでない人に比べて悪いという結果があることから、小田さんは「やはりコロナ禍での性的マイノリティ当事者のメンタルヘルスの悪化も懸念されます」と話した。

こうしたメンタルヘルス悪化の要因のひとつには、職場のハラスメントの問題がある。昨年6月にはパワハラ防止法が施行され、SOGIハラやアウティングもパワーハラスメントとして防止対策を講じることが企業に義務付けられた。2022年4月には中小企業でも義務化される。

「コロナ禍で『ハラスメント対応どころではない』という企業さんも多いです。しかし、こういう状況下だからこそハラスメントが起こりやすくなっていると思います。対策に力を入れるべきです」と小田さんは語った。

行政内部の視点

増原さんによると、明石市では10年に一度の「長期総合計画」の見直しが予定されていたが、新型コロナによって延期されたという。

「行政が性的マイノリティに関する具体的な施策を進める上で、『計画』に何を入れるかは非常に重要になってきます。コロナ禍で改訂が1年延期になったことは大きなことでした」

日本大学危機管理学部准教授の鈴木秀洋さんも、自治体関係者へのヒアリングのなかで、審議会や計画などがストップしてしまっている事例を見聞きしたという。

「なかには『今はコロナ禍だからしょうがないよね』という感覚が見えてきて、やはりLGBTQに関する施策の優先度が下がってしまっています」と鈴木さんは語る。

一方で、「そもそもLGBTQに関する困りごとというのは、LGBTQ独自の特別な問題があるわけではなく、小田さんが指摘されていたように、平時の差別や偏見、非正規雇用やハラスメント、虐待やDV、学校や職場でのメンタルヘルスなどさまざまな問題につながっています」と話し、さまざまな課題に対して領域横断的に向き合う必要性を指摘した。

緊急時の「わがまま」

性的マイノリティに限らず、多数派に属さないゆえのニーズがある人たちは、災害時には企業側から「お荷物」と捉えられてしまったり、災害時の困りごとは「わがまま」だと言われる現状もある。

しかし、鈴木さんは「何をもってわがままかという話ですよね」と憤る。

災害時に、避難所で乳幼児が「うるさい」と言われたり、着替える場所などプライバシー保護がなされてないことが「仕方がない」とされてしまう例をあげ、前者は子どもの命が軽視され、後者は性暴力などの重大な問題が隠されてしまっている点を指摘。

「みんな緊急時で”仕方がない”と思っている」と一見納得しているように進められるが、実際には権力のある側の基準に従わざるを得ず、それ以外のニーズは「わがまま」とされてしまう側面がある、と注意喚起した。

「一人ひとりの命の価値は同じはずです。だから困りごとに優劣はないわけであって、それを行政が『あなたの困りごとの優先度は高いですね低いですね』というのを一方的に押し付けることは問題だと思います」と鈴木さんは語る。

さらに、災害等緊急時は行政のハンドリングが強くなる点を指摘。平常時は「みなさんの意見を聞きましょう」という姿勢だったところが、緊急時は「そんな余裕はない」と、執行機関で意思決定し、議会さえ開かないというのは「現実に起きている事象です」と話す。

「こうした流れによって、人々も『緊急時だから行政に委ねよう』『行政が言っていることだからみんな我慢しよう』『こんな状況だからみんなわがまま言うのやめようよ』と、どんどん言いたいことが言えず潜在化し、困難の度合いが重症化していく事例が多数挙げられます」と語る。

鈴木さんによると、児童虐待に関する調査において、緊急事態宣言下で窓口が閉じてしまうことによって相談がキャッチできず、統計上は相談数が一時的に下がったという。しかし、これは当然実際に少なくなったわけではなく、調査を継続してみると、逆に重症化して後に顕在化したケースが相当数ある。特に災害時はこうした状況を想定したうえでの対応が求められる。

施策を実施する側の視点の拠りどころとして、「何のために社会制度があるのか。憲法の考え方に立ち返って考えることが重要だ」と鈴木さんは話す。

憲法13条は個人の尊重をうたっている。一人ひとりの多様な個人を尊重するために、国の制度や自治体の制度がある。特に公務員は憲法尊重擁護義務を負っており、率先してその義務を果たす姿勢が求められるという。

「この考え方はベクトルを行政側に向けるものです。一つの制度に個々人が合わせることを強制するものではなく、多様な一人ひとりを尊重し守っていくために、制度を変え、作っていくことを求めるもの。命が脅かされる災害時、緊急時は、一層その要請は強くなるのです」

多様性と危機管理

小田さんは、「こんな大変な時に性的マイノリティの対応までできない」という声が実態として企業から上がっていることに触れつつ、「元からダイバーシティ対応を熱心に進めてきた企業は、もちろん業種によりますけど、コロナ禍で例えばリモートワークをうまく取り入れていたり、出勤時間をずらしたり、柔軟に対応する体制にスムーズに移行できているところもあります。だからこそ、ダイバーシティ対応は『危機管理』でもあると思うんです」と語る。

この点について、鈴木さんも「危機管理は、まさに多様な個々人を守ること。つまりダイバーシティ&インクルージョンを進めるところに提要がある」と語った。

原さんは、新型コロナによる影響は必ずしも負の側面だけでなく、オンラインでの交流などが促進されたことによって、地方と都会の情報格差が少なくなった点などを指摘。「ポストコロナでもこうした形態が持続すると良いのではないか」と話した。

職員として行政の内部にいる増原さんは「中に入って自分自身はじめて『行政って本当にいろんなことをやっているんだな』と知りました」と語る。

「例えば、保健所では保健師などが心の相談を無料で受け付けていたり、あかし男女共同参画センターでは、資格をもったカウンセラーが女性のための相談を無料でやっていたりします。普段あまり行政を身近に感じていなかった人だと、実は無料で利用できる窓口やサービスが自分の街にあると知らない人も多いのではないかと思うんです」

さらに増原さんは、性的マイノリティにとって行政の窓口に行くこと自体ハードルが高い現状があることに触れつつ、「セクシュアリティに直接的に関わる内容でなくとも、何か困ることがあるときに、まずは自分の住んでいる自治体の相談窓口、窓口がわからなかったら代表電話に一度電話をかけてみても良いと思うんです。すべて解決できるわけではないけれど、特にコロナ禍で困りごとが多岐にわたるからこそ、行政のリソースを多くの人に活用してほしいなと思います」と語った。

約1時間の配信の中で、コロナ禍における性的マイノリティが直面する多岐にわたる課題が浮かびあがってきた。これらは性的マイノリティ特有の困りやすさではあるが、一方でそれに対して何か個別の新しい「性的マイノリティ対応パッケージ」があるわけではない。すでに対応されてきた雇用や労働、福祉、民間や行政サービスなどさまざまな領域の課題に関わってくる。

むしろ緊急時だからこそ、こうしたさまざまな施策に、性的マイノリティの視点も含めることが求められている。多様な個人の視点を見落とさず、積極的に取り入れていくことこそ、危機管理の上で重要なのではないか。

鈴木さんは「単色ではなくて、いろいろな色をそこに見出し多色対応をすることが、危機管理の根本であり土台となるものだと思っています」と語った。

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松岡宗嗣

一般社団法人fair代表理事

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